山本裕子profile
会場/ギャラリー檜
会期/1996年1月16日(月)-1月27日(土)

午前11時30分一午後7時 

「コプーラ・ムンディII」

霊は下にも上にも行き、天国でもあり、地獄でもあり、
上昇している時にもその下辺を捨てず、下降しているときも 上辺を捨てない。
このように霊(アニマ)は、フィチーノにとって
“対立の一致”であり、“世界を結ぷつなぎひも(コプーラ・ムンディ)”である。

若桑みどり「薔薇のイコノロジー」P201

閉じつつ開く

高島直之  

 山本裕子が、油画科の学生だったのは、1970年代の半ばであ るが、この時代のアート・シーンは、表現様式の拡散化のみな らず、「美術」を美術たらしめる歴史的な根拠が、散逸し始めて いた。にもかかわらず一方で、60年代半ばから後半にかけての、 ミニマル・アートやアース・ワークの、問題意識のラディカル さは、「美術」固有の価値が内破したかにみえる、この70年代に おいても、途絶えることのない「現場」の美術状況にとって、 その拘束力は、強く、深かった。  

 この時期の若手作家の多くは、その支配から遠く逃れるため、 匿名性を帯びた、記号化された、システム理論に寄り掛かる、 表現方法をとりだした。山本もまた、これらの動きと無縁に、 制作にとりかかるわけには、いかなかったはずである。その手 段は、それぞれに違うわけだが、山本の場合、まず、平面表現 の最小限の動機たる「点」を、数学的法則によって、打つ、そ ういった行為から始めていった、という。  

コプーラ・ムーンディ  h110xw40xd30m
金網・パルプ・硬質塩化ビニール・
アクリル顔料・油絵具
1995

 すでに知られるように、「点」は任意の位置を指示し、任意の 二点は「線」となって長さをもつ。しかし、山本の場合、そういった幾何学的に定義される、抽象的な物理的概念の操作に集 約していくのではなく、「点」を、それから「線」へと、自らの 表現の直接の方途として選んでいった。それは、初源的な「痕 跡」のようなものとして、まず、みなされている。自然一般の 現実表象には、輪郭たる線は存在しないので、そもそも出発点 から、山本の表現には、独特の精神性が潜んでいる、というこ とを強調しておこう。

 70年代の少なくないアーチストが、数学的システムに依拠したこともあり、彼らはそれを、「表現」というより、紙の平面に、 線による、インストラクション(指示)として発表することが、多かった。が、山本は、より物質と直結し得る媒体として「線」を見定めていく。山本自身、雑誌のインタヴユーで何度か繰り返し述べているように、子供の頃に感銘を受けた、日本画からの影響がそこにはある。
  線を中心に、コンポジション(面、色 彩、動勢、配置)の緩急、強弱、の構成が成り立つような、日本画の表現性。あるいは、さらに「線」を支持体として、裏と表、内と外、とを切り結んでいくような、知覚を超えた物質観 を、そこに付託していく。  

 山本は、幾何学的抽象一般というよりも、古典数学のもつ、 数列の整合性や親和性に惹かれていった。それをモデルとして、80年頃から、和紙による、面の増殖と、針金による、線の集積 とを、試し始めていった。そのインスタレーションは、オリジ ナリティーの高いものであったが、線と面による連なりは、 ギャラリーの直方体の空間的収まりと、しばしば、反発と矛 盾を呼び起こした。
むしろ、それゆえ、独特の、精神的な「抽象性」を得ていったといえる。  

 この、平面を増殖させて、空間と対置させる方法は線を面を、重ね広げて、いかなる空間的な構造を持ちうるか、という試行であったが、ある必然として、それが立体化すると 閉じた構造をもってしまう。
  山本の、80年代は、この相反す るモメントとの振り子のごとき、模索の時期でもあった。その閉じるありかたへの懐疑が、91年頃に、平面の絵画作品に 行き着く。それは、装飾性と、そのパターンを意識する、ア クリルと色鉛筆による「日本画」といっていい。ここでもま た、線による絵画空間との、折り合わせが主題になっている。

コロボックル
h50xW40xd42cm
硬質塩化ビニール・アクリル顔料・油絵具 1995

 

 しかし、さらにこの意識は、単純化していうと、アマルガムとしてあった、線・面・立体との総合への意志が、面と立体と の、対照関係に辿り着く。しかし、あくまでその基本たる理念軸は「線」にある。それは、今回出品の作品を含め、近作に色 濃く表象されているので、誰にも認められることであろう。
  とりわけ、95年1月の個展での発表作品においては、あたかも、 壁に掛けられた線描的なカットアウトと立体とのふたつが、 ちょうど実体と影のような関係に置かれている。しかし、立体の網目のような、密な構造をみると陰影でないことは明らかだ。  

 まず、構造休が三つに均等に分割されており、外側の線的な 表情と、その内側の物質的なマチエールの対比があることであ る。つまり、立体の物質観と、外から包むような空間性全体を 「射影」するように、平面のカットアウトが成立していること に注意すべきである。この対照性は、色彩が、補色の関係にあ ることで、それは、よりはっきりする。
  山本の最終的欲望とし ては、このふたつの間にこそ、構築すべきなにものかが、あるはずである。対照性、そして左右の対象性。それが、線、面を 介して、空間として立ち上がること。それは、数学的整合性をもちながら、かつ、それが、誰によっても名づけ得ない何ものかであること。その審級を、山本裕子は、間い続けている。  


 

山本裕子  YAMAMOTO Hiroko

1954 東京生れ
1976東京芸術大学油画科卒

【個展】
1978 “LINE TRACES”           ルナミ画廊(東京)
   “LINE TRACES”          コバヤシ画廊(東京)
1979 “LINE TRACES”   かねこ・アート・ギャラリー(東京)
1980 “LINE TRACES”           真木画廊(東京 )
   “直感から直観への幅を顕在化する方法へ向けて”村松画廊(東京)
1981 “  〃  ” 「空蝉」          コバヤシ画廊(東京)
   “  〃  ” 「生々流転」          田村画廊(東京)
1982 “  〃  ” 「私達は今の気分を未知の気分へと
            アウフヘーベンできるだろうか」真木画廊(東京)
1983 “  〃  ” 「続空蝉」         コバヤシ画廊(東京)
1984 “  〃  ” 「中空の玉座」       ルナミ画廊(東京)
1985 “  〃  ”「ヘテロ」    G・アート・ギャラリー(東京)
1986 “苔焉”                コバヤシ画廊(東京)
   “祝祭の空間展”     サントリー・アート・ボックス(東京)
1988 “砂漠のプール”             ルナミ画廊(東京)
   “中生代の記億”             淡路町画廊(東京)
   “ROND0”       川崎IBM市民文化ギャラリー(川崎)
1989 “LINE TRACES”       ハートランド(東京)
   “コーブラ・ムンディーGENESlS”
                  G・アート・ギャラリー(東京)
   “形態のエチュード”           ルナミ画廊(東京)
1990 無題       東京電力神奈川支店ショーウィンドウ(横浜)
1991 “エポケーの庭園”           ギャラリー檜(東京)
   “HETER0L0GY”          秋山画廊(東京)
1998 無題                  ルナミ画廊(東京)
     無題       STEGOSAURUS STUDIO(名古屋)
   “COMPLEX DEVICES”
             ギャラリー21+葉 ANNEX(東京)
1993 “00MPLEX DEVICES II”  アールギャラリー(福井)
1993〜1994 無題     東京電力市川浦安営業所ギャラリー(千葉)
1994 “空蝉その三”               秋山画廊(東京)
    無題            東京ガス新宿ショールーム(東京)
1995  無題           ギャラリー21+葉ANNEX(東京)

【グループ展・その他】
1982 “現代美術の最前線”           画廊パレルゴン(東京)
   “From Her Field”   神奈川県民ホールギヤラリー(横浜)
   “コンテンポラリーアート・IN・高崎”       高崎ダイエー
   “Women's Art Now”          名古屋市立博物館
1983 “For You”              横浜市民ギャラリー
     釜山ビエンナーレ                 (大韓民国)
   “Mold of Appetite”            藍画廊(東京)
     無記名のグループ展     神奈川県民ホールギャラリー(横浜)
     三人展           ギヤラリー・ウェストベス(名古屋)
1984 “Do Do Salad”            スクウォッターズ・ハウス・ギヤラリー(我孫子)
   “当世婦人相學実體”             村松画廊(東京)
   “畠展”                 蔵王アート・スペース
   “トポロジカル・オーケストラ”神奈川県民ホールギャラリー(横浜)
1985 “コンティニューム '85プレ展”   川崎IBM市民文化ギャラリー
   “コンティニューム '85”       クリスティーヌ・アブラハム・ギャラリー(メルボルン)
     二人展             村松画廊・コバヤシ画廊(東京)
1986 “ルナミセレクション '86”          ルナミ画廊(東京)
   “ニューウェイヴの生成変化”   G・アート・ギャラリー(東京)
   “神奈川「芸術一平和への対話」展”     大倉山記念館(横浜)
1987 “二作家による連続二人展”          スペース遊(東京)
   “PARTY II”               東芝ビル(東京)
1988  イヴェント“花”            板橋区立美館(東京)
   “沼尻昭子・山本裕子展”      ギャラリーNWハウス(東京)
1989 “浮遊体一イマージュ空感”        つかしんホール(兵庫)
    第2回アクリラート展            O美術館(東京)
   “JAPANESE CONTEMPORARY ART lN THE '80s”
                    八イネケンヴィッレジ(東京)
1990 “distance”             ギャラリー檜(東京)
1991 “NHK趣味百科(絵画に親しむ)アクリル画の世界”に出演
   “To Future from Paper”     ギャラリー古川(東京)
   “Contemporary Women's Art”
                    游アートステーション(長野)
1993 “自慢・満足”       ギャラリー21+葉 ANNEX(東京)
     日本イタリア交流展/“日本作家による紙と異表現展 '93”
                    ギャラリースペース21(東京)
     日本イタリア交流展/“日本作家による紙と異表現展 '93”
                     ギャラリーN.0.A.(ミラノ)
1994 “私的な現在”ドローインク展 ギャラリー21+葉 ANNEX(東京)
   “アメリカに渡る五人展”        アールギャラリー(福井)
   “JAPANESE EXPRESSI0NS IN PAPER”
              モンクレアーステートギャラリー(U.S.A.)
   “JAPANESE EXPRESSI0NS IN PAPER”
                ハンタードンアートセンター(U.S.A.)
1995 “JAPANESE EXPRESSI0NS IN PAPER”
             ロブソンセンターアートギャラリー(U.S.A.)
   “JAPANESE EXPRESSI0NS IN PAPER”
                   モンマスミュージアム(U.S.A.)

ギャラリー檜 Gallery Hinoki
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