さとう陽子 profile 作品  個展(2001年1/15〜1/27)

        テキスト(さとう陽子と生のメタフォー)

「所作の建築体」
2000年 2月24日(木)〜3月21日(火)
かわさきIBM 市民文化ギャラリー

身体表現に裏付けられた平面

林いづみ

 いつもは写真や絵画やオブジェが置かれるギャラリースペースに、その日は何も掛かっていなかった。
ただ一枚の白い紙が白い壁面の左隅に、はずし忘れたかのように留められていた。こちら側には客席が並び、これからここで始まるのは、美術家による身体表現である。
  前の用事が思いのほか長引いた上に乗ったタクシーが渋滞に巻き込まれ、私が席に着いた時には、すでにさとう陽子は場の中央に立ち、動き始めるかすかな気配があたりに伝わり始めていた。

 非常にゆっくりとした、止まるか止まらないかというくらいな静かな動き。身体の一つ一つの部分が変化し、伝わり、全体が動いて形を連ねていく。少しずつ、緊張感が増していく。ふと気がつくと、どこからか低くラジオの音が聞こえている。舞台装置として片隅に置かれた小さなカセットデッキから流れてくるその音が、張リつめていたその場の空気を少しずつ解きはじめる。それは、ちょっと気怠い夏の午後を思わせた――宿題に手がつかず、寝転んで本を読んでばかりいた小学校時代の夏休み。開け放した窓から、隣の家のラジオが聞こえてくる。ニュース、天気予報、交通情報…。聴くともなしに聞こえてくる意味のない音が、退屈で眠い時間を余計に間延びさせている――その日はとても寒い冬の日だったのに、私はいつしか今までの何度もの夏休みのうちで一番暑くて時間がたっぷりあって、ぐずぐずと退屈で夢見心地だった頃の夏の昼下がりを思い出していた。

 私が初めてさとう陽子の作品を見たのは、この身体表現の行なわれた横浜のポートサイド地区にあったギャラリー那由他でのことだった。横浜のライブハウスとギャラリー情報を中心とした『Bay ma』という名前の文化情報誌を出して3年ほどになるが、ギャラリー那由他はなかでも現代美術を中心とした企画の質の高さときっぱりとした空間が好きで、よく覗いた画廊であった。
  身体表現が終わった後でもう一度壁に留められた作品(それは、つまりは舞台美術の一部でもあったわけだが)を見ると、白い紙の上に微かに線が描かれている。描かれたというよりも、現れてきたといった風情の線である。その線は、今さっきここで行われたさとう陽子の身体の動きが残した軌跡のように見えたのだ。
  さとう陽子は、もちろん、美術家である。と同時に、身体表現者であり、《所作ことば》という言語による表現者でもある。彼女の平面作品は、明るい色遣いと伸びやかな線、スパつとした画面構成が印象的である。けれども同時によく見ると、一色で塗りつぶされた画面全体に、濃淡やタッチの違いが生み出す奥行きと表情がある。線も、揺るぎなく一気に描かれたものもあれば、軽やかに楽しそうに踊っているようなもの、どこか不安定な印象を感じるものもある。それでもどの作品もその前で立ち止まらせる何かがある。余計なものを削ぎ落として、ギリギリの線と面と色とだけで表現された画面。だからといって決して表層的ではない。ストイックだが、見る人を拒絶しないしなやかな暖かみもある。パターン化しやすい作品にこれだけの変化と深みを与えているのは、彼女の身体へのこだわりなのではないだろうかと思える。

 さとう陽子は身体表現を「所作」といっている。静と動が同時にあり、ひとたび身体のどこかが動き出すと、止まっている部分はどこもない“一動会動”の動き。それは集中力を高め、感覚を鋭敏にする。アトリエで制作される美術作品には、その結果得られた微妙な間やリズム、バランスなどが様々に組み立てられ、作用しあい、画面に定着されていく。捕らえ所のない観念や思考に対して、身体(肉体感覚)は確固として実体があるものだ。一方でまた、身体の感覚は移ろいやすい。移ろいやすい身体感覚を画面に定着させることで、一瞬を永遠に目に見える形に残すことができる。そこから発せられる言葉、あるいは動き、絵画的表現は、観念的な思考や美意識を超えてより深くストレートに人に語りかける。存在感が希薄な今の時代だからこそ、身体を通した思考が必要なのだと思う。さとう陽子の美術家としての表現が力強さを持つのは、彼女が身体表現を通して得た真実‘(=科学的裏付け)があるからだろう。

 今回の個展を前にしたある一日、制作中のアトリエを訪ねる機会があった。個展には大きな作品6点と小品1〜2点を出す予定であるという。その内、カタログとDM用に制作中の新作5点を見せてもらった。すべてピンクや明るいグリーンや黄色やブルーに塗りこんだ画面は、過去の白一色のピンと張りつめた作品を見慣れた鑑賞者にとっては違和感があるかも知れない。けれどもそこには、表現を一つの型にはめ込みたくないというさとう陽子の意志を見ることができる。中でも、黄緑色の作品は、あえて落ち着かせず、“バラケタままで”出すつもりであるという。こうすれば画面がまとまって完成度が高くなると分かっていながら、敢えて安定させず、ゆらぎを残しておく。見る人に、一瞬落ち着かない気分を投げかける一―決まりきったイメージを常に壊して、新しい表現、別の角度からの眼を探す姿勢は、実は、ジャンルの違うアーティストにも見られる傾向でもある。アトリエを訪問する2〜3日前にたまたま聴いたライブで、ある女性ヴォーカリストが全く同じようなことを言っていたのを思い出した。「音楽をきれいにまとめるのではなく、聴く人にひっかかりが残るように、敢えて分かりきったことを避けている」と語っていたのだ。
  部屋中に立て掛けられたその他のキャンバスを一枚一枚見ていく中で、何かがあるのだろうがまだ描ききれていない、といったもどかしさを感じる絵があった。「厳しさだけじゃキレちゃう。色気とかユーモアが必要だ」というような話も出たが、もしかしたら、まだ見えきれていないキャンバスの向こうには、この先さとう陽子が手にするであろうさらなる表現があるのかもしれない。
 

  所作と平行して、さとう陽子は「所作ことば」という短詩集を作っている。現在第八集まで作られているそれは、号を重ねるうちにどんどん言葉が削られ、日常をスパッと切り取った一瞬の表現になってきている。「心臓に カマイタチ」、「首おちた 寒椿」、「猫は そそと歩み つぎの路地に消える」等々、ありふれた言葉がとても新鮮でキリっとしている。絵にも通じるこの潔さが、私はとても好きだ。
  さとう陽子は公開制作などはせず、身体表現と美術作品はあくまでも個別に提示している。けれどもすでに述べたように、一見様々な表現形態をとりながらそこに存在としての統一性を感じさせるのは、彼女が柔軟で力強い身体と、鋭敏な知覚と、柔らかい感情の持ち主であるからだろう。さとう陽子はそれを武器に、新しい時代の現代美術を創造し、さらに確かな足跡を残していくことだろう。

(『Bay ma』編集長)


さとう陽子 美術家。身体表現者。短詩集「所作ことば」。

1958 東京品川生れ
1981 日本大学
芸術学部卒

《個展》
1986「LAND」(Gアートギャラリー・東京)
1987「いま、ここで」(ギャラリー十1・東京)
1988「刹那の構図」(ギャラリー十1・東京)
1989「刹那の構図」(Gアートギャラリー・東京)
1990「日常の、間(はざま)に関して」(Gアートギャラリー・東京)
1991「日常の、間1はざま)に関して」(Gアートギャラリー・東京)
1992「呼吸法」(Gアートギャラリー・東京)
1993「呼吸法一表面張力」(ギャラリー檜・東京)
1994「光張一所作」(ギャラリー檜・東京)
1996「身体の建築物」(ギャラリー檜、Galerie de Cafe伝・東京)
1997「身体の建築物」(Galerie de Cafe伝・東京)
1998「所作の場」(ギャラリー檜・東京)
    「所作の場」(かねこ・あ一とギャラリー・東京)
2000「所作の建築体」(かわさきlBM市民文化ギャラリー・神奈川)
    「所作の建築体」(湘南台画廊・神奈川)

*1987〜
所作(身体表現)活動

《グループ展》
1987「アートのかたち」(神奈川県民ホールギャラリー)
1988「現代美術ストリート’88」(横浜市民ギャラリー・神奈川)
1991「セラフィーム展」(ギャラリーケルビーム・東京)
1992「立ちあがるかたち」(御茶の水画廊、淡路町画廊・東京)
1994.12〜95.1「ENGELUS NOVUS」(Garerie Gottfried Hafemann・ドイツ)
1995「distance」(ギャラリー檜・東京)
    「インナータイド」(Imagination Factory OTTO・神奈川)

1998「版による」(ギャラリー檜・東京)
    「ポストカードコミュニケーション」
    (銀座九美洞ギャラリー・東京)
   
さとう陽子×大塚泰子」
    (Galerie de Cafe伝・東京)
1999「4人の仕事」
    (かねこ・あ一とギャラリー・東京)
    「アーティストの周縁」
    (トキ・アートスペース・東京)
 

 

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