森岡 純(Morioka jyun)
個展(2000,2001,2002,2003,2004)

会場/ギャラリー檜 Gallery Hinoki
会期/2001年6月11日(月)〜6月16日

午前11時30分一午後7時 

 

 

 アノニマスなものの未視感一森岡純の〈写真〉について

宮本廣志

1

 Lギャラリーでの国立会館展の期間、入り口のドアを開けた正面には、特大に引き伸ぱされて壁に直接張られた一枚のモノクロ<写真>が展示してあった。花崗岩で組まれた石垣を背景に下から杖のように突きだした水道管の一部らしき黒い物があり、その丸い先端部分が鈍く光っているという<写真>である。一瞬それは人の顔に見え、そのためか画廊空間の中では不思議な存在感があった。
  夏の間、扇風機の風でその剥き出しの印画紙が微かに波打ち震える様は画像にひとつの効果を与え、私は毎日のように見ているうちに、友人のような親しみを感じ始めていた。

 8月の末、展覧会の最終日にその<写真>の撮影者、森岡純氏制作の<映画>の上映をした。観客は薄井崇友氏と柳井嗣雄氏と私の3名。暑い盛りビールを飲みながら、画廊の白い壁に映される1998年制作の16ミリ30分のモノクロの<映画>を観た。洗面器に水道の水が落下する映像と音で始まり(水の音は終わり近くまで続く)、街角のさまざまな<風景>が数秒映される。場所は何処かの公園や何処かの道端や何処かの建物といった場所を特定できないが東京らしき何処にでもある見慣れた<風景>。そこには人影はない。

1998
1999
2000
2001

カメラのわずかなブレによってそれらは静止画像の<写真>ではなくカメラを静止させて撮影した<動画>だということがわかる。人や犬や鳥が画面を横切れぱなにかの出来事として記録されるだろうがそこには何も起こらない。
  また街角で煙草を手に人を待つ(?)女性が映し出される。ほとんど動かない彼女の瞼の動きや煙草の煙りなどによって、微かに時間の経過を表している。まるで<写真>を撮るためにポーズしているいう風。また酒場ではバーテンと客の姿。彼らもほとんど微動だにしない。わたしは一瞬、ジョージ・シーガルの石膏の人物作品を思い出した。
  そのように次々と映像が続き、最初の水の落下の音はしだいに街の雑踏の音に変わっていき、そこで<映画>は終了した。

 この<映画>は<映画>自体の構造に関しての批判をふくんだ実験映画と考えてもいいが、まず森岡純がしていることは、写真機を16ミリの映画カメラに持ち替えて<現実を写真のように>撮ることで<映画を写真のように>見倣していることである。
  映画用語を使えぱ一つの<ショット>にひとつの<疑似静止画面>が対応しているのだ。そして<シーン>が存在しない。
  また<映画>もひとつの言語活動と見なす考え方はここでは完全に拒絶されている。もとより<映画>は最初から解体されていて、<写真>の延長物として表現されている。
  それゆえにギャラリーで写真展を観るという経験を<映画>で再現しているか、あるいはむしろスライド映写機で壁に映された<写真>を見ているという体験に近い。だからもし<シーン>が存在するとしたら<写真>を展示する画廊空間に存在するしかなく、画廊空間が排除する外側の世界は反転した<ネガ>のように見えて存在する。
  そこでこのような<映画>を生み出してしまった森岡純が撮る<写真>について述べてみたい。

2

 森岡純のモノクロの<写真>、その多くは何処にでもある風景写真なのだが、私にとって彼の<写真>はデジャビュ(既視感)とともにジャメビュ(未視感)を一瞬感じさせる。街の一角や公園の一角を写しただけのものが何故そのような感覚を呼び起こすのか。彼の<写真>に登場する<事物>と特徴的な事柄を、この数年間にギャラリーで発表された<写真>を想起しながら列挙してみる。

<写されているもの、あるいは特徴>。
  街角、公園、樹木、暗がり、道路、アパート、電線、影、雑草、駐車場、車、電話ボックス、残雪、路地、ダンボール、例外的に一匹の犬、等身大の視線。

<写されていないもの、あるいは特徴>
  人・鳥などの動物、花、看板などの文字、季節、時、色彩、特定できる場所。

  要するに都市空間から花鳥風月的な自然とともに<季節や時の刻印>が意識的に剥奪されている。または選択されて写された対象がそれを結果的に排除している。雪でさえ道路塔の電柱の横で薄汚れて冬を感じさせない。また人が排除されることで街は無人の世界の様相を帯びてくる。その結果、街角から一切の騒音やざわめきが聞こえてこない。まるで早朝の静けさを思わせる。
  <写真>というものがヨーロッパで発明された創成期の頃、たとえばユジューヌ・アッジェのガラス乾板によるパリの街角の光景には露光時間が長いためカメラの前を行き過ぎる人物が消えてしまっている。人を撮るには静止した姿勢を長時間とらせる必要がある。だから私たちがアッジェなどの創成期の<写真 >からみるパリの街角は人っ子一人居ず廃虚のように見えてくる。しかしまたそうして撮られた<風景>は光りや影の交差によって何かの統一感を感じさせもする。そう、どこか<画家>が素描する精密なデッサンを思わせる。
  森岡純の<写真>がデジャビュを感じさせ、私たちが忘れてしまった<写真>いうもののの原型をとこか彷佛とさせることがあるとしたら、<見慣れている風景>である以上にこのことが遠くで繋がりながら関係しているのかもしれない。

3

 さて、そうして写される森岡純の<風景>や<風景>の中の<物>はアノニム(無名)に満ちている。いや全ての<事物>は人が存在しようがしまいが太古から無名として存在していた。
  アノニマス(無名の)な<物>を見るということは自分自身をアノニマスな状態にするのだろう、 私達の視覚を<覚醒>させて、その反動として精神の言語活動を<聾唖>とでもいう状態へ後退させる。だからアノニマスな<物>に向けられた視線によって写された<写真>は私たちの<写真>への批評を含むあらゆる<言葉>を柔らかく拒絶する。そうして何処にでもある<見慣れた風景>にもかかわらず、<誰もあえて撮らなかった風景>は、不意を突くように新鮮にジャメビュを想起させ感性を刺激するのである。言い換えればアノニマスな<風景>という舞台で、デジャビュとジャメビュを引き合わしている。
  森岡純の<写真>が表現として成立するのはここである。このことによって森岡純は創成期の写真家が持っていた対象とのビビットな関係を呼び出し、長い間話も見向きもしなかった旧くて新しい扉を、再び開けたとも言える。
  ところでカメラというフレームを通すことで<風景>がリアリティをもった<写真>として成立する時、ジャメビュも同時に発生させるとするならば、ジャメビュはリアリティと同等物と見なされてもいいように思われる。またデジャビュとジャメビュは両者は逆の構造をしているようだがどちらも私たちの日常の感覚からの逸脱感を伴った<既知>と<未知>の向こう側からやってくる心的現象であり、こういってよければデジャビュが個人の内部からのそして世界への、過去への不安を伴う回想錯誤の心的現象ならば、ジャメビュは未来からの記憶のような覚醒感を伴う錯誤の心的現象であるだろう。
  そして、この現代、私たちは都市空間の情報過剰な環境では、デジャビュとジャメビュとは現実の生活体験の中で微細な形ではあるが無数に出会っている。いや過剰なために感覚を麻痺させ、そのことをあらためて意識することほとんどない。そして本来はどこ か病的な兆候として見なせるこの現象も私達現代人にとっては想像力活性化の原動力とさえなっていると私は思っている。ジャメビュもデジャビュも私たちの現実体験に起こることではあるが、表現作品に出会った時にも同じ心的現象があるのだ。
  いはば個人的な日常の現実体験とは次元を異にする表現作品から受け取る感性の在り方として。そしてその二つを合わせ持つ森岡純の<写真>。

4

 私は現在の<写真>や<写真>の批評の現状については不案内なのだが私たちがこの現代社会に住んでいて日常生活で無意識に接している膨大な<写真>を含む<映像>の世界からなんとなく感じ取っている<常識>から確信をもって言うのだが、<写真>は写された対象の明言性を基底として、その表層に撮影者の表現モチーフが覆っている。商業<写真>というものに関わらないでアートを目指している者も、また個人がスナップとしてたとえば家族などの<写真>を撮る場合でも、おおよそその枠を逸脱しないと思う。
  だが森岡純の作品はタイトルの付与の困難とともに、対象の無名性とモチーフの不明性が「ではこれは何なのだ」という疑問を大方の人間に強いる。がその疑問の後ろには、実は私達の<写真>表現に対する固定観念が剥奪されることで、この世界の中に充満しているアノニマスな<事物>が持つ光りと影の世界を改めて見ることの驚きと同時に、そのような<眼差し>を所有した他者存在への畏怖が隠されているように思う。
  <写真>の背後にある対象への<眼差し>こそが重要なのだ。その<眼差し>とはたとえていえば原型としての<画家>の所有する<眼差し>。否、<画家>は現在では死滅した種族だと私には思え、不安な目で世界を凝視していたはずのかつての<画家>は現在ではどこにも存在しないように思えるのだが…。
  ところで私もかつて、あてもなく何かを求めて画帳を抱えて街路や郊外を彷徨うことがあった。モチーフは空白のまま眼だけ見開いて歩き回るといった風だったが、対象はいつも向こうからアノニマスな形でやってきた。何故それを選んだか理由も解らずただ目の前の<風景>に引き付けられてスケッチしていたように思う。ただひとつ言えることはいわゆる<美しい風景>というものでは決して無かったように思う。今はアノニマスな何かに出会って驚き、立ち止まることもほとんど無くなってしまったが、日々の暮らしで出会うアノニマスな<事物>の断片は見えない澱みとなって意識の下に沈殿しているに違いない…。
  <写真>の表現とはそうした<事物>を撮ることだと森岡純が密かに眩いている。彼の小さな声を聞き取 る事は難しい。むしろ私達の中で、無名の<物>、無名の<風景>に対して眼を見開いて、何か(ジャメビュ)が訪れるということを実際に経験し知っている者だけが森岡純の<写真>をようやく理解することができる。

5

 私達は気が付いているのだろうか、それとも気が付かない振りをしているだけなのだろうか。印刷物などで日々接する膨大な<写真>や<画像>達はことごとくデジャビュを伴って視えていることを。
 そして何を視ても<以前どこかで視たことがある>という感覚は<視ることの驚き>を<視ることの倦怠>へと誘う。私がそのように感じたのは<絵画>についてが初めてだったのだが(その感覚は私の創造意欲を減衰させ、そのことの克服が現在の私を支えている課題だ)、<写真>やそれ以外についても同様の事態であることが判明して愕然としたことがある。
 ジャメビュを感じさせる優れた<絵画>や<写真>は本当に限られて少ない。私にとって<写真>の世界で、森岡純の作品はデジャビュとともにジャメビュを伴って唯一新鮮に見えている。そしてこの現代の情況で森岡純の作品が私達にとってリアリティをもって登場するとしたら、それは<写真>の問題をはるか超え、私達の想像力全体の内部で何かが飽和点に達っして劇的な変化が起こりつつあることの証しであるように思えてならない。

 さて、森岡純の<写真>に<例外的に登場する一匹の犬>のことを。その犬の名は通称「ブル」正式には「アンドレ・ブルトン」といい、1997年夏まで生きていた、今にも壊れそうなこの建物が「国立会館」という立派な名前であるように、ここで飼われていた犬の名も立派であった。森岡純の<写真>の中に登島した<物>の中で唯一の固有名を持っている。

2000.12     
一 L GALLERY通信 一 

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