南川 博展 profile
会場/ギャラリー檜
会期/1997年1月13日(月)-25日(土)

午前11時30分一午後7時 


絵画の視る日常性

   門田秀雄  

 今の時代に描かれて当然なのだが、実際にはまず目にすることはなく、またこのように描かれても、それを持続し、個性的に展開するのは非常に難しい一南川博の絵画にさいしょに出会った印象がそうであった。それは1992年の個展であったが、描かれて当然と感じたのは、そこに通勤とか、多分会社の同僚たちのくつろぎとか、家族・知友との団らん、というような都市生活のレベルのちがういくつかの情景が独特な均一性を獲得して描かれていたからであった。また画作の持統と発展の困難さは仕事の内容が周辺の批評や制作の動向と異なるために蒙るであろう孤立を想像したからであった。  

 ふつう、室内での家族や知人とのくつろぎや仕事の同僚や、また駅や車中の見知らぬひとたちを心理的に同じような距離でかくことはあまりしないであろう。まずそのような意欲が湧くのか、湧くとすれば、それはなぜか、という間いが生れるが、この画家はそういう場面のいずれをも、いわば心理的に同じような距離のうちにあるように描く。そのように異なったレベルの人間関係の場面を同じ手法で、同じ雰囲気のうちに描く、いや描けるということがそもそもとても珍しい。作者は幻想や何らかの個人的なメッセージとはちがう、ひとびとに共通しているなにかを目指しているようにみえる。

 画面はしかし客観描写とちがい、色彩は相当に自由であり、タッチは激しく、早い。色も、タッチも対象をはみ出しがちである。だが、描かれているのは通常のひとびとの、ふつうの何気ない、自然の様相である。ホワイトの顔面も、ブルーの腕の輪郭も、衣服を越える刷毛の流れも、異様さよりも、何かより大きな法則の下での、個体のささやかな個性や抵抗のようにもみえる。そして色彩の不協和や粗い筆段にも拘らず、ひとびとの動作や仕草は自然で、誰もがいまそこに入っていっても何の不都合もないようだ。  

 作者はなにをかこうとしているのか。  
 作者がおそらく表わそうとしているのは今日の日常性のようにおもえる。そこで描かれているのは都市生活者の多層な生活場面を貫通する日常それ自体ではないか。  

NATSU−1 acrylic on Canvas 20F
1996 撮影 羽田克義

 写真がべースになっているのは明らかだ。写真は現代の重要な写実の手段・方法になっているが、作者が写真を使うのは切実な対象をまず一度、等質・等距離の客体物とするためであろう。そして、同時に、作者白身がかたちと空間をつくる労苦を免れ、色彩と筆致に全面的にエネルギーを投入するためだ。現実に対する過剰な情緒や嫌悪をどう処理し、他者と交通しうる自然性として、手に負えない日常的現実をいかに絵画に表出するか。作画はどう始まり、どう終るのか。

 12ケ月の余暇を制作にあてるとすれば、11ケ月を、多くの場合、サイズの異なる習作に費し、残りの1ケ月で一気に発表すべき作品を描く、と作者はいう。はじめの11ケ月を作者は「ガス抜き」という。粗いタッチのスピード感と放恣な色彩はそのようなろ過のあとで生み出されるようだ。  
  この長い前哨戦はなぜ要るのだろうか。これは彼の芸術の大きな問題に思える。  
 
  まず問題は多分二つの異なった方向からくるとおもえる。(もっと根本の問題はのちにふれるだろう)。一つは写真の無機性から生命をひき出すためのエネルギーの励起のためであり、他は、現実への過度な主観を浄化するためである。いずれにせよ、長い前哨戦と短期の決戦は、写真の三次元平面との主体的格闘がいかに不可欠な制作過程であるかを知らせる。ただ主体的格闘といっても、
格闘は三次元空間をめぐってなされるのではなく、基本的に三次元空間内のフォルムと色彩・筆致との間で演じられる。
  彼の絵画空間は根本的に写真的枠組みの内にある。それに対して、フォルムは相対的に可変なものとして色彩と筆致に向き合う。絵画制作の最終ドラマは両者の一かたちと色・筆致との一緊張的な攻防として露われる。両者の緊迫の均衝が緩むと、長大化した近作の一部に見られるように、画面は弛緩するだろう。

 写真の三次元空間が絶対的といいたいほど基本なのは、現実世界に視る日常性が、現実の空間と無意識の中で重ねられているためであろう。そして日常性は、現実空間の再現のなかで、色彩・筆致とかたちとの攻めき合いがひとびとのくつろぎや何気ないたたずまいさまのうちに吸引されるようにして、自然の様に表わされる。この葛藤の手法と画面の発する軽ろやかさは印象ぶかく、独特のアンバランスである。

 なお、手法からみれば、昨今の南川博の絵画は、色彩と筆触がフォルムを陵駕し、三次元空間をねじ曲げるフォーヴィズムとも、通常のフォルムのみならず三次元空間をも無視して異形、異空間に進む彼方の新表現主義ともちがう。それはまた、リアリズムというより、自然主義(写実主義)に近く、表現スタイルからいえば写実的表現主義とでもいえるものである。

acrylic on canvas 100F 1992 
撮影 関口淳吉

 冒頭でふれたが、この作家の仕事は流行批評の網にかかりにくい種類とおもう。平面についての批評はいまだ非具象に普遍を見たがっているし、筆触や物質性それ自体に安堵しがちである。それに、ひとびとの生活や日常性は批評や造形がそこから遁走を続けてきた場所である。そう考えると、都市生活の日常への帰属意識にもとずくこの作家の仕事はまだ当分孤立を強いられるのかもしれない。題材が身辺的なものに収斂されがちなことにそういう孤立感と芸術の防衛を読める気がする。  

 しかし、批評はこの作家の仕事にも問題を指摘できる。それは、この作家の貴重な感性である社会的、生活的日常性への帰属感が、通常の三次元空間と直接に結びついていることからくる絵画の旧態の趣きである。それは近年のいくつかの新しい試みでも成功してはいない。画面の構造が問題だからだ。色彩の自由とタッチの自在を手放さず、いや、それらを新しいかたちで手放しても、三次元空間の重力から脱出する方途がさぐれないだろうか。それによって、今日の絵画が出会っているであろう視えない先端的課題が、時代の日常性と新しい絵画的形式とが交差するかたちにおいて、望見できないであろうか、と批評は夢想する。

 批評がどこまで創造活動に介入できるのか、介入してよいのかはときに自問するところだが、南川博の画作についてあえていえぱ、作者が「ガス抜き」と称する時間的に九割をこえる準備制作のエネルギーを、三次元空間の重力脱出の推力に使えるような、新たな平面の追求方法が見出せないだろうかとおもう。われわれの日常性を背負うこの作者が、日常の依拠する現実空間を間うことは、われわれの日常性を間うことにつながるのでないか、とおもうのである。

(美術家/美術評論家)

 南川博   MlNAMIKAWA Hiroshi

1966武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業

〈個展〉
1982 シロタ画廊(東京)
1984 シロタ画廊(東京)
1987 ギャラリーQ(東京)
1989 ギャラリーQ(東京)
1990 ギャラリーQ(東京)
1991 Gアートギャラリー(東京)
199E ギャラリーQ、ギャラリー 十1
1993 ギャラリー檜(東京)
1994 ギャラリーQ(東京)
1996 ギャラリーQ(東京)
1997 ギャラリー檜(東京)

〈その他〉
1988 MASK6展(ギャラリーQ)
1989 「さまざまな眼」樋田尚之・南川博二人展(かわさきlBM市民文化ギャラリー・川崎)
1989 AMBlT10N展(ギャラリーQ)
1991 第4回アクリラート展(目黒区美術館)
1992 Power of the ART(ギャラリーQ)
1995 distance(ギャラリー檜)
1996 17人の作家展(たましんギャラリー、立川)

ギャラリー檜 Gallery Hinoki
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